第4話:叱ると伝えるは違う──“熱量のコントロール”がチームを救う
1. 叱ることが「悪」ではない時代の終わり
日曜の午後、カフェの厨房。
ベテランの園田が新人の真帆に声を荒げていた。
「だから言ったでしょ!焼き時間を確認してから出してって!」
厨房の空気が一瞬で凍る。
真帆は小さく「すみません…」とつぶやいた。
その様子を見ていた橘(チームリーダー)は、静かに二人を休憩室へ呼んだ。
「園田さん、ちょっと話しましょうか。」
叱ることは悪ではない。
だが、叱り方を間違えると、“恐怖”しか残らない。
一方で、伝える力のある叱り方は、信頼と成長を生む。
2. 「叱る」と「伝える」を分ける3つの違い
| 項目 | 叱る | 伝える |
|---|---|---|
| 目的 | 感情の発散 | 相手の成長 |
| タイミング | 感情のまま即時 | 冷静になってから適時 |
| 手段 | 否定・圧力 | 行動と影響の共有(SBIモデル) |
叱る=支配的感情の放出
伝える=関係性を維持したままの行動改善
ハーバード・ビジネス・レビュー(※1)では、
「叱責に“脅威”を感じた部下は、1週間後も業務成績が低下する傾向がある」と報告されている。
一方で、“建設的な伝え方”をされた部下は、翌週の成績が平均12%向上していた。
3. 熱量のコントロール──“強く”でも“怖く”しない方法
橘は園田に言った。
「怒りが出るのは、それだけ責任感がある証拠です。でも“強く言う”と“怖く伝わる”は違います。
大事なのは、温度を下げずにトーンを下げることです。」
4. SBIモデルで叱りを“伝え”に変える
SBI(Situation-Behavior-Impact)とは、行動に焦点を当てて伝える技法。
感情ではなく「事実×影響」で構成される。
実例:
NG(叱る):「だからダメなのよ、また焦って!」
OK(伝える):「(S)10時の焼き上がり時に、(B)温度を確認せずに出してしまったね。
その結果(I)お客様に冷たいと感じさせてしまった。次は私もチェックリストでサポートするね。」
感情の方向を「攻撃」から「共創」へ変えるだけで、相手の受け取り方は180度変わる。
研究(※2)によると、人は“自分の尊厳を保ったまま”注意を受けたときに最も学習効率が上がる。
5. 「静かな怒り」はむしろ伝わらない
感情を抑えすぎるのも問題だ。
表情も声も変わらず、「淡々と失望」を伝える上司に、部下は逆に萎縮する。
「あの人が静かなときほど怖い」
これは典型的な心理的安全性の欠如サインである(※3)。
リーダーは、感情を持っていいが、伝え方の“温度”を設計する必要がある。
6. 感情の温度を測る「5段階メーター」
| 温度 | 状況 | 対応 |
|---|---|---|
| 1(冷静) | 状況説明ができる | “伝える”段階 |
| 2(軽く不快) | 言葉を選べる | “注意”段階 |
| 3(怒りが出る) | トーンが上がる | “一時退避”推奨 |
| 4(感情的) | 言葉が荒くなる | “沈黙”選択 |
| 5(爆発) | 理性を失う | “関係再構築”が必要 |
橘は3を超えそうなとき、自分に5分間のクールダウンを設ける。
それでも冷めないときは、あえてその場で伝えない。
「怒りの勢いより、冷静な時間の方が伝わる」
これが橘のルールだ。
7. 部下は“叱られ方”で育つ
叱られた瞬間のストレス反応は誰にでもある。
しかし、「叱られた=見捨てられた」と感じさせない工夫があれば、信頼はむしろ強まる。
橘は叱った翌日に、必ずフォローする。
「昨日は強く言いすぎたかもしれない。でも、あの場でお客様を守れたのはあなたのおかげです」
フォローの一言で、相手の中の“怒られた記憶”が“学びの記憶”に変わる。
心理学ではこれを**「リフレーミング効果」**と呼ぶ(※4)。
8. 読者への問いかけ
- あなたは「叱る」と「伝える」を意識的に使い分けていますか?
- 感情の“温度メーター”を、自分で測れていますか?
- 叱ったあと、相手にフォローを入れていますか?
9. ミニワーク:「伝える叱り方」セルフチェック
| チェック項目 | はい | いいえ |
|---|---|---|
| 感情的なまま注意したことがある | ☐ | ☐ |
| 相手の行動ではなく人格を批判してしまうことがある | ☐ | ☐ |
| 感情が高ぶったとき、少し時間を置く習慣がある | ☐ | ☐ |
| 叱った後、必ずフォローの言葉をかけるようにしている | ☐ | ☐ |
| SBIモデルを意識して伝えたことがある | ☐ | ☐ |
10. まとめ
- 「叱る」は感情、「伝える」は思考。
- 感情を否定せず、伝えるために整理する。
- トーンを下げても熱は下げない。
- 叱った翌日のフォローが信頼をつなぐ。
次回予告(第5話)
「チームは“空気”で動く──リーダーが作る心理的安全性と感情の循環」
最終回は、感情・信頼・行動が連鎖していく“チームダイナミクス”を科学的に掘り下げます。
「空気を整える」という曖昧な言葉を、リーダーが再定義します。
参考・エビデンス
※1:HBR (2019). How to Give Negative Feedback That Helps People Improve.
※2:Dweck, C. S. (2008). Mindset: The New Psychology of Success.
※3:Edmondson, A. (1999). Psychological Safety and Learning Behavior in Work Teams.
※4:Lazarus, R. S. (1991). Emotion and Adaptation.

