第2話:「指示と支援の狭間で──“任せる勇気”の難しさ」
1.翔太の葛藤:「任せたのに、うまくいかない」
金曜の閉店後。
バックヤードで翔太は、机の上の売上日報を見つめていた。
「また、佐藤の接客クレームか……。何回教えても直らないな。」
副店長として、彼は意識して“任せる”努力をしていた。
「いちいち口出しすると、信頼されない」──最近、そう学んだからだ。
だが結果は散々。
佐藤は接客でミスを繰り返し、他のスタッフもフォローに回って疲弊している。
翔太の心には、こうした焦りと苛立ちが渦巻いていた。
「結局、自分がやった方が早いじゃん。」
その言葉が、喉の奥から漏れた瞬間、
“任せる”という行為が“放り出す”にすり替わっていたことに、彼は気づかなかった。
2.真帆の迷い:「信じる」ことと「甘やかす」ことの境界線
同じ時間、海沿いのリゾートホテルでは、
真帆が新人スタッフ・沙耶の対応を陰から見守っていた。
沙耶は笑顔が素敵で、真帆が採用面接でも一番印象に残っていた人だ。
その沙耶が、今夜もチェックインの対応でミスをしている。
「先にルームキーを渡しちゃダメ、まだ宿泊者カードが…!」
心の中で思わずツッコミながらも、真帆はぐっとこらえた。
「失敗から学ぶのも成長の一部」──そう信じて見守ってきた。
けれど、同僚からはこんな声が漏れる。
「真帆さん、あの子に甘すぎません?みんな我慢してますよ。」
その言葉に、真帆の胸がチクリと痛む。
支えることと、かばうこと。
見守ることと、放置すること。
その線引きが、分からなくなってきていた。
3.「任せる」とは、“放す”ではなく“支える”こと
リーダーにとって“任せる”ことは、よく「勇気がいる」と言われる。
だが本質は、“放す”ことではない。
心理学者ダニエル・ピンクの研究によると、
人が自律的に動ける環境には3つの条件がある。
1️⃣ 自律性(Autonomy):自分で判断できる余地があること
2️⃣ 熟達(Mastery):自分の成長を実感できること
3️⃣ 目的(Purpose):仕事の意義が明確であること
翔太のチームには、これらが欠けていた。
「やっておけ」「分かってるよな」といった曖昧な指示。
任せると言いながら、結局“失敗したら自分がやる”という構造。
真帆のチームには、逆に過剰な自律があった。
「信じてるから」と言いながら、実は目的を共有していなかった。
4.翔太の転機:「指示」ではなく「支援」に変える夜
翌週、翔太はついに行動を変えた。
売上目標の会議で、こう切り出したのだ。
「俺が決めたやり方をやめる。みんなのやり方で、どうしたらお客さんに喜んでもらえるか考えてみてほしい。」
一瞬の沈黙。
だが次の瞬間、後輩の佐藤が口を開いた。
「私、子ども連れのお客様に提案する時、低い位置にしゃがんで話すようにしてみたいです。」
「いいじゃん、それ!俺も参考にする!」
その場の空気が、少しずつ変わっていくのを翔太は感じた。
“指示される場”が、“考える場”に変わった瞬間だった。
5.真帆の決断:「支える」だけでは育たない
真帆は、沙耶を休憩室に呼び出した。
叱るためではない。
彼女の「これから」に向き合うためだった。
「沙耶ちゃん、あのね。
失敗を責めるつもりはないの。でもね、支えてもらうばかりじゃなくて、支える側にもなってほしいの。」
沙耶は少し泣きながらうなずいた。
「真帆さん、私もいつか、真帆さんみたいに“信じてもらえる側”になりたいです。」
その夜、真帆は日報の最後にこう記した。
「リーダーは、支える人であり、育てる人である。」
6.リーダーの“勇気”とは
翔太と真帆、二人のリーダーが学んだのは、
**「任せる=信頼して委ねる」ではなく、「信頼して伴走する」**ということだった。
人を信じることは簡単だ。
でも、信じ続けるための行動を取り続けることが難しい。
その継続が、信頼を生み、チームを動かす。
“任せる勇気”とは、
「結果をコントロールしようとする自分の手を、そっと緩めること」
なのかもしれない。
💡 ミニワーク:「任せる勇気のセルフチェック」
| 質問 | Yes / No |
|---|---|
| メンバーに“任せた”仕事の進捗を、つい自分で管理してしまうことがある | ☐ |
| 失敗した時、「自分でやればよかった」と思ったことがある | ☐ |
| メンバーに“任せる理由”を伝えずにタスクを振っている | ☐ |
| 成功した時に「自分がサポートしたから」と感じることが多い | ☐ |
| チーム全員が“なぜこの仕事をやるのか”を理解していない気がする | ☐ |
✅ 3つ以上Yesがある方へ
あなたはまだ“放任”と“任せる”の境界で迷っているかもしれません。
次回のテーマ「伝える力 vs 伝わる力」で、
チームが“自ら動く”リーダーシップへと進化していきましょう。
次回・第3話は
🎙 「言葉の温度でチームは変わる──叱る・褒める・伝える」
二人のリーダーが、“言葉の力”でチームを動かす瞬間を描きます。

