第3話:「言葉の温度でチームは変わる──叱る・褒める・伝える」
1.翔太:「怒り」と「焦り」の区別がつかなくなる日
週末の午後。
アパレルショップ「URBAN PIECE」の売り場は、セール客でごった返していた。
翔太は新人・田口が試着室でバタつくのを横目に、レジ対応を続けていた。
「田口、もっとテンポ上げて!お客さん待ってるから!」
声が少し強くなった。
一瞬、田口の表情が固まる。
その後、田口は何も言わずに頷いたが、明らかに動きがぎこちなくなった。
閉店後、翔太はスタッフLINEにメッセージを送った。
「今日はバタついたけど、明日からはもっと段取り意識しよう!」
既読はすぐについたが、誰からも返信はなかった。
彼は胸の中に、ひやりとした感触を覚えた。
“言葉って、こんなにも重く響くものだったか?”
2.真帆:「褒める」ことの難しさ
その頃、海沿いのホテル「Seaside Bloom」。
チェックアウト対応を終えた真帆は、スタッフの麻衣に声をかけた。
「昨日の団体客、すごくスムーズだったね。ありがとう。」
麻衣は微笑んだが、どこかぎこちない。
その後ろで別のスタッフ・健太が書類を片付けながら、ぽつりとつぶやいた。
「褒められるのって、いつも決まった人ですよね。」
真帆の胸が痛んだ。
「誰かを褒めると、誰かを傷つける」──そんな現実を、彼女は初めて実感した。
3.リーダーの“言葉”が持つ温度
心理学者アルバート・メラビアンの研究によると、
コミュニケーションで相手に与える影響のうち、言語情報はわずか7%にすぎない。
残りの93%は、声のトーン(38%)と表情・態度(55%)だ。
つまり、「同じ言葉」でも、
声の温度が違えば、受け取る印象はまったく別になる。
翔太の「テンポ上げて!」は、“焦り”の温度。
真帆の「ありがとう」は、“偏り”の温度。
どちらも悪意はない。
けれど、伝わり方が違えば、受け取る現場の空気も変わってしまう。
4.翔太の変化:「叱る」ではなく「伝える」へ
翌日、翔太は田口に声をかけた。
「昨日、声のトーンきつかったよな。ごめん。
でも焦ったのは、お客さんを待たせたくなかったからなんだ。
どうしたら上手く回せると思う?」
田口は少し驚いた顔をして、言った。
「うーん…僕、接客に集中してると全体見えなくなるんです。
でも翔太さんが“あと3分で交代しよう”って言ってくれたら、助かります。」
翔太は笑った。
「いいね、それ採用。」
彼の中で、“叱る”が“伝える”に変わった瞬間だった。
5.真帆の挑戦:「チーム全員を動かす言葉」
数日後のミーティング。
真帆は全員にこう伝えた。
「これから“ありがとう”は、私だけが言う言葉じゃなくて、
みんながお互いに言えるチームにしたいの。」
沈黙のあと、麻衣が口を開いた。
「私、健太さんが昨日フォローしてくれたの、ほんと助かりました。
ありがとうございました!」
それに続いて他のスタッフも次々と声を上げ始めた。
その空気は、真帆が想像していたよりもずっと柔らかかった。
“褒める”ではなく、“感謝を回す”。
それが、真帆が見つけたチームを温める言葉の使い方だった。
6.言葉の力は“使い方”ではなく“心の向け方”
人材教育の現場では、
「叱る」「褒める」「伝える」の境界があいまいなまま指導が行われることが多い。
だが、言葉を“技術”として覚える前に、
リーダーがすべきは「心の温度を整える」ことだ。
心理的安全性の高いチームは、
リーダーの“感情の安定度”と強い相関がある(Google Aristotle Project, 2018)。
つまり、リーダーが“冷静に伝える”習慣を持つことで、
チーム全体の「安心感」が育つ。
🔍 ミニワーク:「あなたの言葉の温度チェック」
| 設問 | あなたの回答 |
|---|---|
| 最近、「言ったつもりだったのに伝わらなかった」ことがある | ☐ |
| 感謝よりも、注意や指摘を伝える機会の方が多い | ☐ |
| 「忙しい」が口癖になっている | ☐ |
| 部下や後輩が「相談していいですか?」と言いにくそうな雰囲気がある | ☐ |
| 自分の感情をそのまま言葉にしてしまう時がある | ☐ |
✅ 3つ以上当てはまる方へ
あなたの言葉は、知らず知らず“冷たさ”を帯びているかもしれません。
次回は、**「空気を整えるリーダー」**へ──。
言葉を超えて、チームの“感情温度”そのものをデザインする方法を紐解きます。
次回予告
第4話:「空気を整える人──チームの心理的安全性を育てる」
翔太は、チームの空気を乱す“見えない壁”に気づき、
真帆は、チームを守るために“沈黙”を破る決意をする。
