第4話:「空気を整える人──チームの心理的安全性を育てる」
──数字では出ない“空気”こそ、リーダーの本質的仕事
1. 朝の静寂。変わり始めた売り場とホテルのロビー
陽が昇るころ、アパレルショップ「URBAN PIECE」のバックヤードでは、
副店長の翔太が小さなメモを手に立っていた。
「・・・今日、売り場に出る前に“2分間ポージングタイム”やろう」
彼が口にしたその言葉に、チームメンバーの動きが一瞬止まった。
一方、海沿いリゾートホテル「Seaside Bloom」のロビー。
フロアリーダーの真帆が、始業前にスタッフを整列させた。
「まず、深呼吸しましょう。30秒、目を閉じて。
それから、隣の人に“今日、ありがとうを一つ”伝えてください」
はじめは戸惑いの表情もあったが、次第に空気が変わる。
「おはようございます。昨日、フォローありがとうございました」
そんな声が静かに交わされる。
二人のリーダーが同じ時間に行った「空気を整える」行為。
その背景にあるのは、“心理的安全性”という目に見えない土台だった。
2. なぜ“空気”が成果を左右するのか?
“空気=心理的安全性”とは、簡単に言えば「ミスをしても叱られない」「意見を言っても否定されない」チームの雰囲気。
Googleの大規模研究「プロジェクト・アリストテレス」では、チーム成功の最も重要な要因としてこの心理的安全性があげられた(※6)※4。
その後も、2023-24年にかけて数々の研究がこの仮説を裏付けている:
- 2023年の調査では、チーム心理的安全性が高いほど、学習行動・チーム効力・生産性が有意に上昇と報告された(N=101)※1 The Open Psychology Journal
- 2023年発表の研究では、心理的安全性が「情報共有」「協働」「やりとりの公平性」を通じて、イノベーションにつながると報告されている(N=580)※2 PLOS
- 2024年の調査では、心理的安全性は特に多様な人材がいるチームでその効果が高く、離職率低下にも繋がることが示された※3 BCG
つまり、「空気がいいチーム」はただ居心地が良いだけでなく、動けるチームとなる。
そしてその空気をつくるのが、リーダーの“整える”仕事である。
3. 翔太の転機:空気の乱れに気づく
ある土曜ピーク中、翔太は売り場を回っていた。
だが、フォローに回るスタッフ 田口の表情が沈んでいた。
「お客さま、○番レジへどうぞ―」の叫び声に続き、
レジ待ち10名。スタッフは笑っていたが、肩は縮こまっていた。
「おい、ちょっと待って」
翔太は急いでスタッフを集めた。
「今、何か売り場の空気が変わってる。目の前のお客さんじゃなくて、店側が滞ってる。
原因は“俺が数字優先で走ってるから”かもしれない。」
彼は、従来の「売上11時ピーク&セット比率強化」の指示を出す代わりに、
売場に出る前の2分間深呼吸タイムを提案した。
「数字も大事だが、その前に俺らが“落ち着いて売場に立てる”状態を作ろう」
その瞬間、売り場にいたスタッフに安堵感が生まれた。
4. 真帆の決断:沈黙を許さない仕組みにする
リゾートホテルの真帆は、チーム朝礼を終えたあと、
メンバー皆に「今日の“心配事ワンフレーズ”」を紙に書いてもらった。
「チェックインの列が怖い」「新人が一人でホールに出るのが不安」
そんな言葉が出てきた。
彼女は即座に「安心フォロー係」を設定した。
「予約が300件超えたら、君がトラブル時フォローに入ってね」
「新人がホール出る前に、私が5分だけ一緒に立つね」
その夜、スタッフの一人が真帆に言った。
「あの紙出したとき、泣きそうでした。
でも、『言っていい』って思えて、すごくラクになりました。」
この“言っていい”空気が、真帆が育てた“心理的安全性”だった。
5. 空気を整えるための4つの設計
リーダーとして“空気を整える”には、以下4つの設計が有効だ:
(1) 毎朝の「ポージングタイム」
売場やフロアに出る前に、2〜3分だけ深呼吸、目的確認、隣メンバーに一声。
– 声のトーンを整え、チームのノイズを減らす。
(2) “心配事共有ボード”の設置
匿名可で「今、心配なこと」を書ける。毎日1件必ずラウンドで拾う。
– 沈黙を可視化し、声を出せる文化を作る。
(3) 10秒ルール&視線フォロー
メンバーが声をかけたら10秒以内に反応。
非言語(立ち位置・アイコンタクト)を意識。
– “見られている”感覚が安心感を増す(第2話参照)。
(4) 仕組みの振り返りとKPT朝礼
毎週1回、Keep・Problem・Tryを全員で出す。
“空気”の状態を言語化し、改善に繋げる。
– チームの温度チェックとして機能。
6. 数値で見る“空気の価値”
- チーム心理的安全性が平均1ポイント(7点満点)上がると、生産性が約12%向上というメタ分析あり(※4)
- 2023年の調査(N=160チーム)では、心理的安全性とチームパフォーマンスの相関係数が b=0.67(95%CI:0.47–0.88) と高い数値を示した(※5) ResearchGate
- 多様性のあるチームでは、心理的安全性が低いと逆にパフォーマンスが下がるというデータも。逆に安全性が高ければ多様性が力になる(※3) ナイアガラ・インスティテュート
つまり、「空気を整えられるリーダー」は、数字で言えば “成果+創造+離職防止” の3つを同時に得られる。
7. 読者への問いかけ
- あなたは朝、チームに “ポージングタイム” を設けていますか?
- チームメンバーが小さな心配を言える雰囲気、ありますか?
- 声をかけられたとき、あなたは10秒以内に反応していますか?
- 今週、チームの「空気」について、声に出して振り返りましたか?
8. ミニワーク:「チームの温度を測るセルフチェック」
| 質問 | はい | いいえ |
|---|---|---|
| チームのミスや疑問をメンバーが声を出せる雰囲気がある | ☐ | ☐ |
| 朝・始業前に必ず“目的確認・一言かけ”をしている | ☐ | ☐ |
| 毎週1回、チーム全員で「今の空気」を話す時間を設けている | ☐ | ☐ |
| 多様な背景のメンバーが発言しているか、視界に入れている | ☐ | ☐ |
| 自分の声のトーンを振り返ったことがある | ☐ | ☐ |
✅ 3つ以上「いいえ」がある方へ
今週は「空気の設計」で一歩踏み出してみましょう。
次回、最終話では「人で成果を残すリーダー像」へと結びます。
💡 まとめ
チームを動かす数字の前に、
チームを「安心して動ける場」へと変える“空気”がある。
リーダーの仕事とは、言葉と仕組みでその場を整えること。
その積み重ねが、チームの大きな成果を生む基盤となる。
📚 参考・エビデンス
※1 Liu, Y., Keller, R. T. (2023). Creating Psychological Safety in the Workplace.
※2 Jin, H., Peng, Y. (2024). The impact of team psychological safety on employee innovative performance – PLoS ONE. PLOS
※3 Niagara Institute. (2025). 30+ Psychological Safety at Work Stats. ナイアガラ・インスティテュート
※4 McKinsey. (2022). What is psychological safety? McKinsey & Company
※5 Fyhn, A. B., et al. (2023). Psychological Safety Climate Strength Matters for Team Performance. Small Group Research. ResearchGate
※6 Google Re:Work, Project Aristotle (2015).
次回はいよいよ第5話:
「リーダーは“人”で成果を残す──成果を“人”で残すリーダーへの旅」
感情・技術・仕組みが交わる最大のステージをお届けします!

