「若手は、本当に弱いのか」
水曜の午後3時過ぎ、フロアの空気が少しだけ乱れた
営業企画の藤崎が、会議から戻ってきたあと席に座らないまま給湯室の奥に消えた
その背中が、明らかにおかしかった
亮一は一瞬だけ迷った
追うべきか、様子を見るべきか
だが、その迷いより早く、芽衣が立ち上がった
「私、見てきます」
数分後、芽衣が戻ってくる
表情が固い
「部長、少しだけ、藤崎さん休ませてもいいですか」
「どうした」
「ちょっと、過呼吸っぽくて」
亮一は思わず立ち上がった
「今どこに」
「休憩室です」
休憩室のドアを開けると、藤崎はソファに座り込んでいた
肩が小刻みに上下している
顔色が悪い
手元には、さっきの会議資料がくしゃくしゃになって握られていた
「大丈夫か」
亮一が声をかけると、藤崎は首を横に振った
「すみません」
「謝らなくていい」
「でも、会議で、頭が真っ白になって」
「今は話さなくていい、まず水飲もう」
亮一はそう言いながら、胸の奥で別の声を聞いていた
(またか、、、最近の若手は、こういうところで崩れるな、、ここで止まるのか)
その声に、自分で少し嫌気が差した
だが、その感情は消せなかった
夕方、藤崎は早退した
休憩室のソファに残ったへこみを見ながら、亮一は無意識にため息をついた
その時、山本が横に来た
「部長、今、ちょっとそういう顔してますよ」
「どういう顔だ」
「“やれやれ”って思ってる顔です」
亮一は少しむっとした
「思ってないとは言わない」
「だろうと思いました」
「でも、正直あるだろ、最近。すぐしんどくなる、すぐ抱えきれなくなる。
こっちが若い頃は、もっと雑に扱われてた」
山本は壁にもたれたまま、しばらく黙った
それから静かに言う
「部長、それ、“今の若手が弱い”んじゃなくて、“今の仕事が違う”だけかもしれませんよ」
亮一は眉をひそめた
「どういう意味だ」
「昔より楽してるって話じゃないです、ただ、今の若手って常に見られてる感じが強いんですよ。チャットの既読、会議の反応、空気、スピード、正しさ。
昔みたいに怒鳴られる圧じゃなくて、ずっと評価され続ける圧がある」
亮一は何も言わなかった
その説明に、妙に現実味があったからだ
翌日、藤崎が午後から出社してきた
まだ顔色は万全ではない
亮一は無理に会議室に呼ばず、夕方に短い時間だけ話した
「昨日はきつかったな」
「すみませんでした」
「だから、謝るな」
「何があった?」
藤崎は、最初は言葉を探していた
やがて、小さく言った
「部長、私、会議で“何を言っても浅いって思われる”気がしてて」
「浅い?」
「はい、若いし、経験も浅いし、ちゃんと整理できてないのに発言すると、余計なこと言ったって思われる気がして、、
昨日も、考えながら聞いてたら、どんどん遅れてしまって
焦って、頭が真っ白になりました」
亮一はその言葉を聞きながら、自分の中にある見方が少しずつ崩れていくのを感じた
彼女は弱いのではない
むしろ、必要以上に周囲を読んでいた
そして、読めば読むほど自分の言葉が出せなくなっていた
(これは、根性の問題じゃないんじゃないか、環境への適応の仕方の問題だ)
夜、自宅で亮一はリビングのソファに座ったまま考えていた
テレビではニュースが流れている
息子は宿題をしていて、娘はスマホを見ながら友達と通話している
妻が洗濯物を畳みながら言う
「今日も遅かったね」
「ちょっとな」
「なんかあった?」
「若手が、会議中に崩れてさ」
「大変だったね」
「正直、最初は“そこまでか”って思った。。。でも、違ったんだ」
「違った?」
「弱いんじゃなくて、見え方(見られ方)にずっと緊張してたみたいなんだ」
妻は手を止めずに言う
「今の子って、学校でもずっと評価されてる感じあるもんね!提出物、発表、SNS、友達関係・・・・空気読むのがデフォみたいな?ね!」
亮一は、その言葉を反芻した
空気を読むのがデフォルトか、、、
確かに、部門でもそうだ
自分が若い頃より、怒鳴られる回数は少ないかもしれない
だが、その分空気の正解を外さない緊張は強いのかもしれない
翌朝、亮一は朝会の最初に少し言い方を変えた
「今日は、正解を言う場じゃなくて、途中の考えを置く場にする」
「浅くていい、まとまってなくていい、違和感だけでもいい」
「整理されてないことを出すのも、仕事の一部だ」
若手たちは静かに聞いていた
誰かが大きく反応したわけではない
だが、その日の会議ではいつもより“途中の言葉”が増えた
「まだ固まってないんですけど」
「感覚なんですけど」
「違うかもしれないですけど」
そんな前置きが増えた
亮一は、その一つ一つを遮らなかった
むしろ、そこにこそ今のチームの入口があると感じていた
会議の後、村上が言った
「部長、今日ちょっと話しやすかったです」
「何が違った」
「“ちゃんとしてなくていい”って、最初に言われたことです」
「今までは、ちゃんとしてないと出しちゃダメだと思ってたので」
亮一は頷いた
若手は弱い
そう言ってしまえば、管理する側は楽だ
問題の所在を、相手の特性に置けるからだ
だが現実には、自分たちの側にも見直すべき構造がある
誰が弱いのか
若手か
管理職か
それとも、言葉だけ先に進み、設計が追いついていない組織そのものか
亮一はまだ答えを持っていない
ただ一つ言えるのは
「最近の若手は」と言い切ることで、見えなくなるものが多すぎるということだった
その夜、手帳にこう書いた
・若手は弱いのではなく、環境への感受性が高いのかもしれない
・怒鳴られない代わりに、空気の正解を外さない緊張がある
・未熟さを出していいと言われなければ、黙るのは自然だ
・世代論は、管理職の思考停止になりやすい
書き終えたあと、亮一はペンを置いた
窓の外では、街灯の下を自転車が一台だけ走っていった
季節が少しずつ変わるように、チームも少しずつしか変わらない
その遅さに苛立つ自分もいる
だが、前よりは分かってきた
急いでラベルを貼ることほど、遠回りになることもあるのだと
あなたへの問い
あなたの組織では、若手が言葉を飲み込む理由を「経験不足」や「打たれ弱さ」だけで説明していないでしょうか
その人が発言できない背景に、評価され続ける緊張や、空気を外せない不安はないでしょうか
あなた自身は、「最近の若手は」とひとまとめにした瞬間に、見なくて済むものを増やしていないでしょうか
また、未完成な考えや浅い意見を出してもいいと、本当に場で示せているでしょうか
若手の沈黙は本人の問題なのか、チームの設計の問題なのか、一度切り分けて考えてみてください
次回予告
第8話
「叱ることは、本当に悪なのか」
亮一は、成果責任を背負う立場として、どうしても避けられない“厳しさ”と向き合う
心理的安全性と規律、安心と緊張、その両立をどう作るのかを問う回に入ります

