「管理職のレジリエンス」③

第3回:「“どうせ”が口癖になる日 ― 部下・悠斗の心の防衛線」


1|金曜22:10、帰宅途中のコンビニ前

湿った路面に、赤いテールランプが滲む
悠斗は缶コーヒーを買い、駅前のベンチに腰を下ろした

(また、余計なことを言ったんだろうな、わかってる
 本当は、そんなふうに言いたいわけじゃないのにさ)

でも、口が勝手に反応する
「どうせ」「無理っしょ」「はいはい、わかりました」
気づけばそれが“習慣”になっていた

香澄のまっすぐな目が苦手だった
正しすぎて、自分のズレが全部見透かされる気がする

(こういうの、昔からだ。)
幼稚園、小学校、高校、バイト先・・・
真面目で優等生タイプの人間を見ると、なぜか腹が立つ
「お前にはわかんねぇよ」
そんな言葉が、ずっと喉の奥で固まったまま


2|“やる気がない”と言われる人間の本音

人は、俯きながら本気で頑張っている時もある
けれど周りから見えるのは、「やる気がない」「ひねくれている」だけだ

悠斗の心の奥にあるのは、
やる気の欠如ではなく、失敗したくない恐怖だった

(期待されるのが、怖い)
(結果で評価されたら、また落とされる)
(傷つくくらいなら、最初から「できねぇよ」って言ってた方がマシ)

心理学でいう“自己防衛型回避”
「挑戦しない」「斜に構える」という行動は、
自分の価値を守るための“仮面”でもある


3|本音を言えない理由:正しさの前の“敗北感”

木曜の夕方
香澄から呼ばれ、会議室へ
「昨日の件、確認したいんだけど いいかな?」

その言葉だけで、胸のあたりに重い石が落ちてくる
「また俺のせいかよ」
「どうせ俺が悪いんでしょ」
反射的に言い返してしまう

頭ではわかっている
香澄は“責めたいわけじゃない”
むしろ困っているのは自分のほうだ

でも、
“正しいことを言われる=自分の否定”
と無意識に捉えてしまうのだ

幼い頃から続く“評価されることへの恐怖”
上司には見えないが、悠斗には悠斗なりの「生きてきた履歴」がある


4|外部ワークショップの裏で

半年前、チームビルディングの外部ワークショップが実施された
みんなが笑い、アイスブレイクで盛り上がり、
「自分の強み」「相手の価値観」を紙に書いた

だが、悠斗は心の中でずっとこう思っていた。
(こういうの、帰ったら絶対続かないから)

ワークショップ中、悠斗は“わかってる風の顔で”参加した
香澄に迷惑をかけたくなかったから

しかし、翌朝、
「今日から変われ」と言われた気がして、胸が苦しくなり、
わざと皮肉の一つでも言いたくなった

ワークショップは魔法ではない
“気づき”は起きても、
行動に変わる前に、本人の“心の傷”と向き合う必要がある


5|月曜の朝、芽衣の「おはようございます」

デイリーミーティングの前、
一番年下の芽衣が「おはようございます」と明るく声をかけた

悠斗は、その一言を返すのがなぜか怖かった
(優しくされたら、変わらなきゃいけなくなる)
(変われなかったら、また嫌われる)

だから返事は、そっけなくなった
自分でも後で後悔して、深夜に布団の中でため息をつく

嫌われたいわけじゃない。
ただ、期待を背負うのが苦手なだけだ


6|“どうせ”は心の SOS

木曜、夕方
香澄から「これ、叩き台を作ってみない?」と言われた
心がザワついた
“自分に任せてもらえた嬉しさ”と“また失敗したらどうしよう”の混ざった感覚

結果、出た言葉は、
「どうせ、またダメ出しされるんでしょうけど」
だった

本当は言いたかったのに
「ありがとう」
「やってみます」と・・・
「不安だけど、挑戦させてほしい」

でも、その素直さの裏には、
巨大な恐怖心が隠れている

心理学では、「どうせ」「無理だよ」は
“感情の回避言語”と言われている
相手ではなく、自分の不安から身を守る“盾”なのだ


7|金曜17:55、1on1

香澄が言った
「正直に言うと、私は完璧じゃないの。あなたにどう接すればいいのか、迷ってばかりだった、、、今もね・・・」

それを聞いた瞬間、
悠斗の中で、何かが少しだけほどけた。
上司が弱さを見せるなんて、初めてだった

「・・・俺も、どうしたらいいかわかりません
でも、“どうせ”の言い換え、ちょっと練習してみたいです」

香澄は笑った
「一緒にやろう!“どうせ”は合図にしよう!」

——初めて、二人の声が同じ方向を向いた瞬間だった


8|“どうせ”の裏にいる人間

悠斗の行動は、問題だ
チームに影響を与える
時に人を傷つける

だが、
その裏側には単純な「やる気のなさ」ではなく、
自分を失いたくない、という必死の願いがある

“どうせ”の裏にいる人間を見ようとしなければ、
改善は一歩も進まない
上司もチームも、同じ場所で立ち止まることになる


9|次回に向けて

次回は上司・香澄視点で
「拡がる誤解 ― 人ではなく“行動”を見るという難しさ」
を描きます

沈黙と皮肉の応酬の裏にある、
認知の歪みとアンコンシャスバイアス
そして香澄自身の“正しさバイアス”に迫ります


📚 エビデンス/参考研究

  1. 防衛的悲観主義(Defensive Pessimism)
     Norem & Cantor (1986)。失敗回避のため、あえてネガティブな予測を口にする戦略。
     “どうせ”—はこの特徴に当てはまる。
  2. 自己防衛型回避(Self-handicapping)
     Berglas & Jones(1978)。失敗時の評価低下を避けるため、先に「やる気がない態度」をとる。
  3. ワークショップ転移問題
     Baldwin & Ford (1988)。研修効果は“個人要因×職場要因×設計要因”で変動。
     気づきだけで行動は変わらない。
  4. 認知行動療法(CBT)におけるトリガー言語
     “どうせ”“無理”などの回避語は情動回避の典型(Beck)。
  5. 心理的安全性と不安の関係
     Edmondson (2019)。評価不安が高いほど、否定・皮肉・沈黙が増加する。
投稿者について

hideyuki_kubota

1967年生まれのひつじ年の獅子座。O型