はじめに:「責任」と「権限」は、セットで機能するはずなのに
多くの職場で聞かれるこんな声。
「任されてるのに、決めていいとは言われていない」
「ミスの責任は私。でも手続きはすべて上長の承認が必要」
「自由にやれと言われても、結局やり方に口を出される」
……いずれも、“責任”と“権限”が不均衡な状態です。
仕事を進める中で、失敗やミスの責任を負う立場にあるにもかかわらず、自分で意思決定ができない。そんな状況に置かれてしまえば、当然ストレスは溜まり、疲弊し、やがてモチベーションは下がっていきます。
この構造的な“歪み”は、なぜ起きるのでしょうか?
なぜ「責任だけ負う人」が生まれてしまうのか?
この問題の背景には、主に以下のような要因があります。
① 属人的なマネジメント
・「あの人ならできると思って任せた」
・「空気を読んで対応してほしい」
曖昧な期待と任せ方によって、責任の範囲が人によってブレる状態が生まれます。とくに中間管理職は、上下から板挟みにされやすく、“期待されすぎる”存在になりがちです。
② 「責任を取る」という言葉の誤解
本来、「責任を取る」とは“起こったことに対して説明責任を果たし、改善へ動くこと”です。
しかし現実には、「責任=処罰」「誰が悪かったのか?」という犯人探しのような文化が根強い場合があります。
③ 決裁構造の形骸化
・「稟議を出さないと何も進まない」
・「承認されたとしても、実行時に口を出される」
こうした“実権のない責任者”が増えてしまうのは、組織内の信頼と仕組みの問題が根底にあります。
ストレスの温床になる「名ばかり責任者」
“責任”という言葉には、本来「力」と「信頼」の裏付けが必要です。にもかかわらず、その裏付けとなる「裁量権」や「実行権限」が与えられなければ、精神的なプレッシャーばかりが積み重なります。
とくに、新任管理職や現場リーダーなど「中間層」にこの傾向が強く見られます。
- 「部下に成果を出させろ」と言われるが育成予算はゼロ
- 「現場判断で」と言われるが、あとから否定される
- 「現場責任はあなたにある」と言われ、メンタル不調へ……
このような状態を放置していると、責任者の心が疲弊し、離職や組織の停滞を招きかねません。
「権限を与えること」は、信頼の証明
権限とは、単なる業務上の“許可”ではありません。
それは、その人に対して「信頼しているよ」「判断を任せるよ」という、組織からのメッセージでもあります。
権限を与えずに責任だけを負わせるというのは、
「あなたには信頼して任せる気はない」と言っているようなもの。
本人の成長機会を奪い、組織全体にも“責任を持ちたくない”という空気を蔓延させてしまいます。
今、組織に必要なのは「責任と権限の棚卸し」
責任と権限のアンバランスが放置されている職場では、以下のような行動を試みることが有効です。
✅ ポジションごとの責任と権限を書き出してみる
→「何を決めてよいか」が不明な状態を可視化
✅ 意思決定のフローを明示化
→「どこまで自分で判断できるか」をクリアにする
✅ 任せる際は“任せ方”を明示する
→「結果責任」だけでなく、「判断の自由」もセットにする
まとめ:バランスなき責任は、組織の毒になる
責任だけを押しつけ、権限を与えない。
それは一見、組織を守るようでいて、じわじわと組織を腐らせる“静かな毒”です。
責任と権限のバランスを見直すことは、働く人の自律性と安全性を守り、強い組織文化を育てる第一歩です。
次回は「立場ごとの責任と権限のグラデーション」について、もう少し掘り下げていきます。
どうぞお楽しみに。