線引きと支援の再設計
期待と不安を言語化するという仕事
1
香澄はノートを開いたまま
しばらくペンを動かせずにいた
頭の中にあるのは
悠斗の表情
芽衣の怯えた声
本部長の言葉
そして自分自身への問い
私は、どこまで踏み込み
どこで手を放すべきなのか
支援と干渉
信頼と放任
期待と圧力
その境界が
自分でも曖昧になっていることに
香澄は気づいていた
2
香澄がこの立場に来たのは
成果を出してきたからではある
だが
決して一直線ではなかった
過去に
部下の不調に気づけず
退職に追い込んでしまった経験がある
あの時上司から言われた言葉が今も残っている
君は優しすぎる
だから線を引けない
その言葉に
香澄は長く縛られてきた
線を引かなければ守れない
線を引けば傷つけるかもしれない
その葛藤の中で
香澄は正しさを選び続けてきた
だが今
悠斗という存在がその選択に疑問を突きつけている
3
線引きとは
突き放すことではない
香澄はその前提をもう一度書き直す必要があると感じていた
線引きとは
・期待値を明確にすること
・責任範囲を共有すること
・できることとできないことを言葉にすること
そしてその線の内側で全力で支援すること
支援とは
代わりにやることではない
守ることでもない
失敗しても
回復できる構造を一緒に作ること
4
翌日香澄は悠斗との1on1で
これまで避けてきた話題に踏み込んだ
「今日は評価の話をしたい
でも責めるためではない」
悠斗は少し身構えた
香澄は続けた
「今のあなたに私が期待している役割を言葉にしたい
それは、全てを完璧にやることではない前向きでいることでもない
ただ自分の違和感や不安を皮肉ではなく事実として出してほしい
その代わりそれを受け止めるのは私の役割にするから」
悠斗は
すぐには答えなかった
だが
否定もしなかった
5
悠斗の中で
少しずつ認識が変わり始めていた
これまで
【期待とは評価されること、失敗すれば落とされるもの】
そう思っていた
だが
今の香澄の言葉は違っていた
期待とは
役割の共有であり
孤立させないという宣言
そう受け取れた
初めて線が
自分を縛るものではなく支えになる可能性を感じた瞬間だった
6
香澄はチーム全体にも同じ設計を入れた
ホワイトボードにこう書いた
”今月の期待値・できること・今はできないこと・困った時の相談先”
それぞれを全員で埋めていく
完璧さは一切求めない
未完成でも書くことに意味がある
芽衣がおずおずと書いた
「あの。。。。私は判断に時間がかかります」
それを見て香澄はこう返した
「それはね、慎重さという強みでもあると思うの
急ぐ場面と待つ場面を一緒に整理しよう」
チームの空気が少し変わった
7
レジリエンスとは
折れないことではない
折れても元に戻れる構造を持っていること
そして
個人に押し付けるものではなくチームと仕組みで支えるもの
香澄はようやく理解し始めていた
自分一人が強くある必要はない
正しくあり続ける必要もない
必要なのは、期待と不安を曖昧にしないこと
それが中間管理職に求められる本当の仕事なのだと
8
その日の帰り道
香澄は少し肩の力を抜いて空を見上げた
まだうまくいっているとは言えない
また揺り戻しも来る
それでも線を引き
支援を設計することで
チームは崩れずにいられる
その手応えが確かにあった
次回予告
第7回
揺り戻し
部下視点で描きます
家庭・体調・将来不安
職場に持ち込まれる・見えない荷物
なぜ人は前に進みかけた時に後ろに引き戻されるのか
レジリエンスが本当に試されるそんな回にします
参考視点 エビデンス
Bakker and Demerouti
JD Rモデル
期待値と資源の不均衡は燃え尽きと離職意図を高める
Deci and Ryan
自己決定理論
役割の明確化は自律性と有能感を高める
Edmondson 2024
心理的安全性は
失敗後の回復行動の速さに強く影響する
Gollwitzer
実行意図
役割と次行動を言語化することで
行動継続率が有意に上昇

