”揺り戻し”
見えない荷物が戻ってくる時
悠斗は、その朝少しだけ早く目が覚めた
目覚ましが鳴る前に起きるのは久しぶりだった
昨日はうまくいった気がしている
芽衣にちゃんと挨拶を返せた
会議でも皮肉を言わずに済んだ
香澄との1on1でも、言葉を飲み込まずに話せた
なのに、胸の奥が重い
理由ははっきりしていた
母から届いたメッセージ
通院日が増えそうだという連絡
そして口座残高の通知
将来の見えなさが、一気に押し寄せてきた
人は前に進みかけた時ほど
こうした現実の重みを強く感じる
それまで見ないようにしていたものが
変わろうとした瞬間に、引き戻す力として現れる
職場に着く頃には
悠斗の中の余裕はほとんど消えていた
デスクに座ると
香澄のメモが視界に入る
今週の小さな目標。。。”違和感は事実で出す”
それを見た瞬間
胸の奥で何かが反発した
[今はそんな余裕ない、、、仕事だけじゃない
生活全部がギリギリなんだ!]
その気持ちは
誰にも見えない
だが確実に
態度に滲み出る
午前中のミーティング
芽衣が慎重に意見を述べる
悠斗は一瞬
ため息をつきそうになる
その表情を
自分で自分が見てしまう
また戻っている
昨日の自分はどこに行った
揺り戻しとは
後退ではない
回復途中に必ず起きる自然現象だ
心理学では
行動変容の過程で
不安や負荷が高まった時
以前の防衛行動に戻ることが確認されている
だが本人にとっては
それが分からない
ただ
自分は結局変われないのだという
自己否定だけが残る
昼休み
悠斗は一人でスマホを見ながら
香澄の言葉を思い出していた
違和感は皮肉ではなく
事実で出してほしい
それが
急に現実味を帯びてきた
午後の業務で
スケジュールが詰まり
判断を迫られる場面が続いた
焦りが募り
いつもの言葉が喉まで出かかる
どうせ間に合わない
どうせ無理だ
その瞬間
悠斗は一度だけ
呼吸を整えた
今の事実は何だ
不安は何だ
ミーティングの終わりに
小さな声で言った
「今、判断に時間が足りなくて焦っています
少し整理させてください」
部屋が静かになる
だが
誰も否定しない
香澄が
短く頷いた
「大丈夫!時間を取ろう」
それだけだった
解決したわけではない
問題も消えていない
それでも
悠斗の中で
揺り戻しは
完全な後退ではなくなった
帰り道
空を見上げながら
悠斗は思った
変わるとは
ずっと前向きでいることではない
戻りながら
それでも
また一歩出すことなのかもしれない
自分はまだ
途中にいる
それだけは
はっきりしていた
次回予告
第8回
チーム全体介入 上司視点
個人の問題を
システムの問題に変える
ルール 会議 称賛 苦情の動線設計
チームが壊れないための再構築に進みます
参考視点 エビデンス
Prochaska and DiClemente
行動変容ステージ理論
揺り戻しは正常なプロセスであり失敗ではない
Hobfoll
COR理論
生活資源の喪失感は職場行動に強く影響する
Edmondson 2024
心理的安全性が高いチームほど
揺り戻し後の再挑戦が早い
Beck
認知行動理論
自己否定は揺り戻し時に強化されやすいが
言語化により緩和される

